大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)2815号 判決 1966年10月31日
原告 奥崎謙三
被告 国
訴訟代理人 川井重男 外二名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、原告は殺人罪により懲役一〇年の判決を受け、昭和三二年一一月七日から大阪刑務所において服役していたのであること(同四一年八月二一日刑期満了)、訴外林道三は大阪刑務所管理部保安課第四区看守長であること、右林看守長は原告主張の日時場所において「原告の奥崎は職員に対しても受刑者に対しても協調性が欠け、誤つた自説も絶対に撤回せず、パラノイア症と認められる。」という趣旨の証言をしたことは当事者間に争がない。
二、ところで原告は、右林看守長は民事裁判の法廷において原告の性格、素行等について故意に事実に反した偽りの証言をして、原告を侮辱し、原告の名誉を毀損して原告に精神的損害を与えたので国家賠償法により国にその賠償を求めると主張する。
そこで右林看守長の証言が国家賠償法第一条第一項にいう国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについてなした行為といえるかどうかについて検討するに、民事裁判においては日本の裁判権に服するものが証人として証言を求められた場合は原則としてその尋問に応じて過去の事実、状態につき自ら認識したところを供述することが義務付けられているのであるから刑務所の職員が裁判所によつて証人として出頭を命ぜられ、法廷において証言した場合においても、それが本来の職務の範囲に属する行為でないことは明らかでありその証言の内容が過去の職務の執行上知り得たこと(刑務所の看守長として職務の執行中受刑者個人に関して知り得たこと)であつたとしてもそれは職務の執行中ないし関連して知り得たというにすぎないことであつて、その知り得たことに関して民事法廷において証言すること自体は裁判権に服するものの義務としてなされるものであつて、本来の「職務を行うについて」とは関係のないところである。それ故仮りに右林着守長(刑務所の看守長の職務は国の公権力の行使を内容とすることは自明である)の前記証言が原告に対し不法行為を構成するものとしても、その職務を行うについてなしたものと解せられないから国に対してその損害の賠償を請求することはできない。(なお原告の右主張中に民法第七一五条にもとづき被告国に対し損害賠償を請求する趣旨が含まれているとしても公権力の行使に当る公務員を加害者とする国に対する損害賠償請求については国家賠償法が適用されるものと解すべきのみならず林看守長の右証言が被告国の事業を執行するにつきなしたものと認められないことは前記説示と同様である)
そうするとその余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求はその主張自体失当であることが明らかであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石崎甚八 藤原弘道 長谷喜仁)